「おっはよー! やー昨日はごめんなさいね、東横」
「……全くだ」
憎らしい程朗らかな笑みと共に会議室のドアを開けた大井町は、低く唸るような声を出した東横の盛大な顰め面に迎え入れられた。
十二月二十五日、クリスマスの朝である。
「ちょっともー、何なのよぅその顔は。昨日の事は悪かったわよ、仕方なかったじゃない、大井町の駅から動けなかったのよ」
アタシったら大人気で、と続ける顔を睨む目は細くなっていて、一人で若い外見をしている彼にはあまり似付かわしくない表情であった。大井町から視線を外さぬまま手探りで手繰り寄せたカップに口を付けて、東横はどうだか、と冷たく言い放つ。
「田園都市は真っ赤な嘘だと言ってたぞ?」
「ちょっと、それは田都の方が誤解してんよ! 書類があるのは本当よ、ほら」
封をしていないA4サイズの茶封筒を、ぽんと彼の手の上に置いてやる。ひょいと引き出した書類は自由が丘駅の月次の中間報告書で、己の主張する通り東横のサインの要る類の書類だ。
「……じゃあ、田園都市は何だったんだよ」
「え、それはほら、えーと、伝達ミスよ伝達ミス! あとはアタシの可愛らしい勘違いって所よ、うん」
「どんな頭をしていればそんなミスが――」
鋭い言葉を投げ掛けかけた東横の言葉を遮るように、ガチャリとノックもなしに扉が開く。顔を覗かせたのは昨日大井町の酒に付き合ってくれた目黒で、穏やかな笑みを不機嫌さをありありと表に出す東横に向けて、ああよかった、と小首を傾げさせた。
「東横、君の所の職員さんが探してたよ」
ちょいちょいと子供にするかのように目黒が手招くと、東横はカップを置いて立ち上がった。彼と共にドアの向こうに消えてゆく間際、ウィンクを飛ばした目黒にはひらひらと手を振って見送って、大井町はふふ、とテーブルのお決まりの席に掛けた男を振り返った。
「でー? どうだったのよ、昨日は」
「……何がだ、大井町」
やはり今日も新聞を広げた田園都市が、素っ気ない口調で聞き返してくる。紙面から顔を上げようともしない彼には見えないであろう苦笑を見せて、大井町はわざとからかうような声音を作った。
「いやあ、田園都市さんも隅に置けないわねー? やる事やってるじゃない?」
「何を誤解しているのかは知らないが」
かさりと乾いた音を立てて新聞紙を折り畳みながら、田園都市が溜息と共に言葉を吐き出す。
「変な言い方をするな。飲んだだけだ」
「分かってるわよ。それでも何もないよりいいでしょ? 大井町さんからの素敵なクリスマスプレゼントよ」
「――大井町」
咎めるような硬い声にべ、と舌を出して、大井町は肩を竦める。十数年彼の路線の一部として働いていたのだ、これでも他の路線と比べて田園都市の事を理解している自負がある。
「アンタも東横も、もうちょっと歩み寄りなさいって事よ。いいイブだったでしょ? 少なくても、アンタにとっては」
ついでに言えば二人とも歩み寄るだけでなく己の内と相手に対して素直になるべきだとも思うのだが、それを言うと絶対に否定が返ってくるので黙っておく。
「ああ、そう言えば言い忘れてたわね」
ふふふ、と口の端を釣り上げて、東横の飲みかけのカップを手に取る。どうせ戻ってくる頃には冷め切ってしまっているだろうから、それならば今いる自分が飲んでしまったって構わないだろう。
「――メリークリスマス、田都?」
まるで乾杯でもするようにカップを額の上に掲げると、「馬鹿馬鹿しい」とありありと顔に書いた表情で、マニュアルでも読むような口調で、それでも田園都市はメリークリスマス、と返してくれたのであった。