No, di voi non vo’fidarmi - 3/5

 予想の範疇内に収まってくれた混雑と東横にのみのし掛かった要らぬ気苦労の内に、みなとみらい号の運行日であった祝日も過ぎて、気付けば世間は二十四日――クリスマス・イブを迎えていた。

「……何だ、その顔は」

 休憩でもしようと顔を覗かせた自由が丘の休憩室で大井町に出くわした東横は、どんよりとしたオーラを撒き散らしている彼女の表情を見て顔を思い切り顰めさせた。
 東横の姿を認めるなりうふ、と口の端をいびつに吊り上げた大井町の顔は、お世辞にもあの色鮮やかな新型車両を走らせる路線だとは思えない程に淀んでいる。

「あー、東横、お疲れー……」
「……まだ昼過ぎだぞ?」
「ああそうですよまだ昼過ぎですよ、皆が待ち望んだイブの真っ昼間ですわよー……」

 どうやら彼女もそこがネックらしい。ああ、と年甲斐もなくふて腐れる顔は明らかに昨晩の酒を残していて、呆れたくなるやら哀れみたくなるやら、通勤ラッシュを終えてからやっと一息つく所である東横には、何と言ってやればいいのかも思いつかなかった。

「……それ、コーヒー?」
「ああ、そうだが」

 手に携えた深紅のタンブラーを見て、大井町が何とかと言った様子で、平板な口調の語尾だけをほんの少し上げて問い掛ける。問われるままにこくりと頷いて突っ伏す彼女の向かいに腰掛けると、ずい、と自分に比べれば華奢な両腕がまっすぐに伸びてきた。

「一口ちょーだーい」
「………」

 いつもならば自分で外に行って買って来い、と言う所だが、ここまでテンションが低い大井町と言うのも珍しすぎて気味が悪い。そんな彼女に厳しい言葉を掛けるのは躊躇われて、もう片手に持っていた荷物を傍らの椅子に置いて手を自由にさせてから、仕方なくステンレス製のタンブラーを彼女の手に握らせてやった。

「あーあったかい……」

 ずるずるとタンブラーを引き寄せた大井町が、ほのかに中の温度を伝える容器に頬を押し付ける。やはりいつもならば化粧が付くだのと言って蹴り倒している所だがぐっと堪えて、東横は彼女がゆっくりと顔を上げてタンブラーの中に入ったコーヒーを飲むまで黙っていた。

「何これ、ヘーゼルナッツシロップ入り? おいしー……」
「全く、そんな風になるまで飲むな。次の日に仕事があるのは分かってるだろ」
「違うわよ、酒はそこまで残ってないって。これはフィジカルの問題じゃなくてメンタルの問題なんですー……」
「……そうか」

 コーヒーショップから歩いている間にいい温度になっていたらしい、小さく一口飲んだ後にぐいと傾けて更に中身を減らし、大井町は飲み口に付いてしまったルージュを指の腹で拭ってからタンブラーを押し返した。持ってきた時に比べて三分の一は軽くなっている事には目を瞑ってやるとして、蓋を押し上げてタンブラーを傾ける。
 ブラックのコーヒーに、スチームミルクをほんの少しだけ。追加したシロップの香ばしくも甘い匂いのお陰で上手く苦みの角が取れていて、まともな朝食を摂る事の少ない東横の胃にも柔らかく染みた。

「全く、クリスマスごときでよくも毎年そこまで気を落とせるな、お前は」
「どうせ男のアンタには分からない事なのよ、もう……」

 コーヒーを飲んで少し持ち直したらしい、背を正して頬杖をついた大井町がじっと東横を見つめた。その目が平素の輝きを取り戻している事にほんの少しだけどきりとして、思わず見つめ返してしまう。

「そう言うアンタはどうなのよ、東横」

 鮮やかなマンダリンの口紅を載せた唇が開いて、いささか予想外の言葉を東横に投げかけた。

「どうも何も、仕事以外にする事などない。――オレがこの行事を嫌いなのは知ってるだろ、大井町」
「まあねぇ」

 半分程に減ったタンブラーをテーブルに置いて、疑いを含んだ眼差しで大井町の顔を見つめ返す。すると彼女はちら、と思わせぶりに東横の横の席――先程放るように置いた荷物を見遣って、でも、と続けてみせた。

「買ってるじゃない、プレゼント。アンタが嫌いなクリスマスに乗っかった企業のクリスマス商法にちゃっかり乗せられちゃって、さ」
「……これは」
「ま、アンタの場合企業と周囲の空気って言うより、可愛いMMのおねだりが効いたんでしょうけど?」
「馬鹿か、あいつにそこまで気を遣ってやる必要はないだろ!」

 ふふ、と知った顔で笑う彼女が憎たらしい。やはり同情してコーヒーなど分けてやる必要はなかったな、と後悔してももう遅く、いつもの調子をすっかり取り戻した大井町は、何も言わずにむんずとタンブラーを引っ掴み、勝手に飲み口に唇を付けていた。

「じゃあ何よ、その中身はみなとみらいへのプレゼントじゃないってーの?」
「それは、その………。って、何でお前がそんな事知ってるんだよ! MMの差し金か?」
「差し金って何よう、別にあの子からは何も聞いちゃないわよ」

 まるで言外に「お前の行動が分かりやすいだけだ」と言われているような気分になって、荒っぽい所作でタンブラーを取り返す。苛立ちに任せて飲み口を押し上げ傾けると、するりと流れてくるはずのコーヒーは既にお愛想程度しか残っていなかった。中身が残っていないのに気付いた事を表情から察したらしい、大井町がうふふ、と再び悪魔的な笑みを見せる。

「兎に角さ、楽しみなさいよ。そうやって心掛けて過ごせば、案外クリスマスも悪くないかもしれないわよ?」
「デートの予約も入っていないお前に言われるとはな、大井町」
「うっさいわねぇもう! 東横と言い目黒と言い多摩川と言い、どんだけアタシの心を抉れば気が済むのよっ、ウチの男どもは!」

 どうやら東横の知らぬ間に、多摩川にまで嫌味を言われていたらしい。
 多摩川の事だ、恐らくそれはもう存分に彼女を弄り倒したに違いない。そう思うとやはり眼前の彼女を哀れに思わないでもないが、変にからかわれたのは今の東横とて同じだ。東横に言わせてみれば、女相手で足が出なかっただけマシと思って欲しいくらいである。

「あら、もう行っちゃうの? もっとゆっくりしてけばいいじゃない」
「オレもそうしたかったんだが、生憎と誰かさんのせいで中身が空だからな。これ以上ここにいる意味もない」

 すっかり空にされてしまったタンブラーを持って立ち上がる。忘れずに隣へ置いた紙袋を取ると、えー、と大井町が眉を顰めた。

「何よもう、嫌味なやつねぇ。悪かったわよ、でも、ごちそうさま」
「……ああ」
「アタシが滅入ってるから黙って飲ませてくれてたんでしょ? アンタって何だかんだ言って優しいわよねー」

 組んだ指の上に顎を載せる大井町の目が笑っている。その視線へ何事か言い返さずにはいられなくて、気付けば否定の言葉を口にしていた。

「うるさい、そんな訳あるか! いいからお前もさっさと持ち場に戻れ」
「はいはい。……あ、東横、夜でいいからもう一回自由が丘来てくれない?」
「何でだ」

 ノブに手を掛けたまま振り返る。大井町は平手を垂直に立てて顔の前に掲げ、大した用じゃないんだけどねぇ、と前置きしてから、その頃に東横のサインの要る書類が回ってくるはずだと告げてきた。

「悪いけど、頼んだわね」
「………分かったから、仕事しろよ」
「誰に言ってんのよ誰に!」

 ついていた頬杖を外して、大井町がひらひらと手を振る。その顔に「分かってますよ」と書いてある事については色々と意見してやりたかったが、東横線としては定期的に主要駅を見回らねばならないのも確かだ。
 捨て台詞のように小言を放り投げておいて、勢いのまま休憩室を出る。大井町の含み笑いが耳にやけにこびりついたが、彼女の性格が可愛らしくないのも今に始まった話ではない。
 思えば、東急に可愛げなんてものを持った路線はいない気がする。田園都市もあの仏頂面だし、目黒だって愛想はいいがいちいち発言が心に刺さる。多摩川なんて目黒に更に拍車が掛かったような話し方をするし、池上や世田谷だって、と思った所で、思わず指先が目元を押さえていた。

「………馬鹿馬鹿しい事を考えるのは止めろ、東横線」

 会社がスローガンとして掲げている「現業間における双方向コミュニケーション」を走っている当の路線達がまともに出来ていないのだと知ったら、自分達の存在を目の当たりにしていない社員達に嘆かれるに違いない。いずれどうにかせねば、と自分の事はまるで棚に上げて考えながら、階下に大井町線のホームを見下ろす自路線のホームに立つ。通り抜ける風はもうすっかりと冷たくなっていて、コーヒーで気休め程度に温まった体の横をひやりと通り過ぎていった。
 袖の長いコートを着てくればよかった。
 あまり考えもせずに掴んで持ってきてしまった外套はコートと言うよりもジャケットに近く、ポンチョを模した大振りの襟とケープのついたものだ。デザインは嫌いではないのだが、短めの袖と丈のせいで真冬に着るには厳しいものがある。

(手袋を――)

 本格的に夜になる前に、防寒着を取りに行かなければ。朝は持って出たから、記憶違いでなければ渋谷の休憩室に置きっぱなしにしているはずである。
 我知らずぎゅっと襟元を引き寄せてしまっている手に気付いて、慌てて指を離す。飾りの役割が大きい襟を引き寄せた所で染み入る風を防げる訳でもないし、こんな風に寒がっている所を自路線の職員に見られるのも格好が付かない。
 襟に付けたコーポレートマークのピンを直しつつ、横浜方面へ向かう電車へ体を滑り込ませる。入線してきた車両は丁度目につく色鮮やかなブルーを纏っていて、否応なしに車両の持ち主であるみなとみらいの顔が浮かんでしまった。

(「心掛けて過ごせば、案外クリスマスも悪くないかもしれない」――か)

 生意気な子供の居場所を確認する為に携帯のメール画面を起動させながら、東横は先程の大井町の言葉を思い出す。
 下らない、そんなはずがあるか、と思う。この行事が定着する頃から東横はクリスマスが嫌いだったし、それはこれから先だって変わる事のない事だろう。
 観光やデートにかこつけて乗客が増えるのはいい。だが、自分が好ましく思っていない色と好ましく思っている色がさも当然のように組み合わされてあちらこちらで飾りたてられているのを見ると、どうしても何かを叫びたくなる衝動に駆られるのだ。――叫んで何を主張したいのかと言われると、それは自分でも分からないのだが。
 乗客と自身を乗せながら、Y五〇〇系はその車体を着実に横浜へと向かわせている。目まぐるしく過ぎ去ってゆく車窓の景色にはちらほらと色とりどりの電飾の明かりが混ざっていて、そんな事でああ、本当にクリスマスなのだな、と実感してしまう。
 信じる神などいない東横にしてみればキリスト教のクリスマスも仏教の降誕会も何ら有り難みは感じないし、それにかこつけてデートだのなんだの、と記念になるような事をしようとする人々も理解出来なかった。――ただ、理解出来ないだけで、楽しむ人々を否定する気はないのである。

「ああ、東横さん。お疲れ様です」
「悪い、MMはいるか?」

 居場所を問うたメールには、「みなとみらい駅にいる」とだけ、ふざけた絵文字を添えた一言が返ってきていた。それで終点を目前にしたみなとみらい駅で降りたのだが、肝心の少年の姿がホームに見えなかった。仕方なくそこにいた駅員を捕まえると、彼はそうですね、と中空へ視線をさまよわせながら、

「みなとみらいならさっき、コンコース階にいましたけど」

 と返した。

「……あの馬鹿、メールを入れてやったんだから下で待っていたらどうなんだ……!」
「MMが何か失礼でもしましたか?」
「いや、いい。すまない、助かった」

 思わずぼやいた言葉を誤魔化して、視線の先に見える広い階段を駆け上がる。しかし肝心のコンコースにも青いフードは見えなくて、東横は目当てのものが見つからぬ僅かな焦燥感に焦れながら辺りを見渡した。
 ――いた。
 各駅ごとにコンセプトを持ったみなとみらい線の駅は、一駅ごとにがらりとその見た目を変える。みなとみらい駅の近未来的な作りのプラットホームに張り巡らされたカラフルなパイプの向こう、改札外に並べられた椅子の上で、ぶらぶらと遊ぶデニム地の足が見えたのだ。
 改札口で職員の会釈を受け流して、一直線にパイプの裏へと回る。背後のそれ同様色鮮やかな黄色の椅子に腰掛けるMMは今日も目に眩しいパーカーを羽織っていて、その一帯だけがやけに目に悪い配色をしていた。

「……この、クソガキが………!」
「へ、あれ? おっ? 東横っ?」
「『あれ』以外に言う事があるだろう、MM!」
「え? ……あー、メリークリスマス!」

 地に着かぬ訳では決してない足を敢えて揺らしながら、MMが暢気に片手を挙げた。
 会話だけでは埒が明かないので、取り敢えず挨拶代わりに一発脳天をはたいておく。だから痛いって、と文句を言うみなとみらいは膝に大きな犬のぬいぐるみを乗せていて、思わず腹の底から溜息が出た。

「運行中だろうが。……真面目に仕事する気がないのか、お前は」
「仕事とブルーダルは関係なくね? ちゃんと走ってんだしいいじゃーん、細かいなぁ東横は」
「――ああそうだろうとも、お前のようにおめでたくかつ大雑把な人間から見たら、オレはさぞ神経質なんだろうな……」
「おーおーそうだぞ、あんま気にしてっと胃に穴開くぞー?」

 はあ、と額を押さえてうめいた言葉は嫌味のつもりだったのだが、みなとみらいが理解するには難しかったらしい。あまつ持ったぬいぐるみの腕でぺしぺしと横腹の辺りを叩かれて、東横は完全に怒る気を失ってしまった。全く、いちいち付き合ってやっているこちらが馬鹿みたいだ。
 抱えているぬいぐるみは、いつぞやかに丁度真向かいの売店でねだられて買ってやった記憶がある。鮮やかな青系のドット模様をしたブルドックは神奈川新聞で漫画を連載されていたとのだと聞いたが、東横にとってはさして興味のない事だった。

「路線自身がそんなじゃ職員に示しが付かないだろうが。お前、職員に何か言われないのか?」
「えー、別に? あ、さっき車掌のねーちゃんに飴貰ったけど、東横も食う?」
「……いらない、お前が食え……」

 流石に他社の職員に何か言うつもりもなく、ただ彼らのみなとみらいへの認識を垣間見てしまって、僅かに肩から力の抜ける心地がした。確実に路線として威厳ゼロで完璧にお子様扱いを受けている事に関して、当のみなとみらいが気にしていないのだからどうしようもない。

「で、どーしたんだよ、とーよこ?」

 よっ、と掛け声と共に椅子から立ち上がったみなとみらいが、椅子の隣にあるツリーを背に首を傾げる。数日前に自らで飾り付けていたそれは派手な車両を走らせている彼にしては小綺麗に纏まっていて、一番上に星の代わりに白い飾りを載せ、青と銀のオーナメントを中心に落ち着いた雰囲気を纏っていた。

(こう言うのを見る限り、色彩センスはそこまで悪くないはずなのだがな………)

 みなとみらい線の随所に見受けられる青と黄のツートンカラーに関しては、ラインカラーであるから仕方ないと納得するしかないのだろう。東横自身も携帯を始め赤い小物が多く、なぜ赤が好きなのかと問われたら自路線かつ東急の色だからだと答えるしかない。

「………ほら」

 あれこれと考えて気を紛らわし、ついに東横は手に持っていた包みをぬいぐるみの顔に押し付けるようにむぎゅりと突き出した。

「お? ………おおお?」
「馬鹿馬鹿しい話だが、乗り入れ路線の要求を無碍に突っぱねて東急の底が浅いと思われるのも癪だからな」

 反射的にぬいぐるみを自分が座っていた椅子に座らせ、みなとみらいが空いた両の手で荷物を受け取った。状況がうまく飲み込めていないのか、数回ぱちぱちと目を瞬かせていたものの、暫くその言葉の内容が頭に染みてくると、彼はきょとんとしていた目を更に丸く引き絞らせ、腕の中の包みをぎゅっと握り締めた。

「……マジで?」
「いらないなら返せ、捨てる」
「んな訳ないじゃん、オレのだし! ……オレの、だろ?」

 差し出した手から逃げるように包みを抱きしめて、みなとみらいが上目遣いで東横を見つめてくる。何と言うか、見ているこちらが恥ずかしくなる程の必死さだ。

「まぁ、お前以外に受け取るやつもいないしな」
「開けていい?」
「好きにしろ」

 短く返すや否や、みなとみらいは大きめのビニールの包みを止めるリボンに手をかけた。するりと解いたそれをパーカーのポケットに突っ込んで、両腕でがさごそと中を漁っている。
 やがて中身を取り出したMMが、わ、と小さな歓声を上げる。周囲を行き交う人達が時たまこちらを見ているのに気付いて、休憩室にでも引っ張ってから渡せばよかったと後悔したが、今更だろう。

「ど? 似合ってる?」
「………まぁ、悪くはないな」

 引っ張り出したそれをごそごそと羽織って、東横に向かってくるりとその場でターンをしてみせる。
 濃紺のデニム生地を模した厚い布でしつらえたPコートは、金のボタンがアクセントになっているお陰であまり重たい印象はない。想像通りの姿にうん、と小さく頷くと、みなとみらいは少しだけ長いらしい袖を指で摘みながら笑ってみせた。

「へへ、あったけー。もしかしてそれでこの前寒いか、って聞いたの?」
「あれは偶然だ、偶然」
「そうなのか? でもさ、兎に角ありがとな、東横。オレ、すっげー嬉しい!」

 直球の感謝は、どうしたって慣れないものだ。たとえそう言われて当然の事をした上だとしても、むず痒くて仕方がない。

「東急連名のものだ、言っとくがオレ個人からじゃないからな!」

 へらへらと笑うみなとみらいにぴしゃりと言い放って、訳もなく沸き上がる羞恥を散らす為に腕時計へ視線を落とす。時刻は夕刻に入った辺りで、まだまだ東横にはやる事が残っている。そろそろ一度渋谷に戻らなければならない頃合いだった。

「じゃあ、確かに渡したからな」
「ん、ほんと有り難う、東横」
「……だから、オレ個人じゃない」

 びしりと指を突きつけて確認すると、みなとみらいは珍しくしゃんと立って澄ました笑みを浮かべいた。頬が林檎のように紅潮していて、そうしていると普段の悪ガキぶりなど嘘のようだった。人間にすれば中学生くらいの外見よりも下に見えるような笑顔である。

「分かってるって。でも手渡してくれたのは東横じゃん? 皆にもありがと、っつっといて」
「ああ」

 相槌だけ打って返して、渋谷に戻る、と告げる。気持ちを仕事へとシフトさせる為にコートの襟を直していると、東横こそ地上駅ばっかりなんだから防寒しろよ、と呟かれた。

「余計なお世話だ。お前に心配される前にちゃんと着込む」
「ほんとかー? 何つーか東横さ、無理するとこあるじゃん? オレ、これでも微妙に心配してるんだぜ?」
「お前こそ、地下ホームだからって油断するなよ。ちゃんと上を羽織れ」
「分かってるって」

 みなとみらいと別れる時は、どうしても説教めいた言葉を吐いてしまう。いつもはその言葉にうるさいだの何だのと言い返す癖に、今日に限っては素直に頷いて、みなとみらいは座らせていたぬいぐるみを抱え、その綿の詰まった腕と一緒にぱたぱたと手を振った。

「じゃ、仕事頑張れよ、東横。オレも頑張っから」
「……分かったから、その犬は片付けてこい」
「ちぇー、分かったよ。東横のケチ」

 ケチも何もないと思うのだが、これ以上話していてもキリがない。それじゃあな、と告げて改札を潜り、取り敢えずは東急の本拠地でもある渋谷へと戻る事にする。

 ◆

 ――その去りゆく姿をブルーダルの手を振りつつ見送っていたみなとみらいは、東横の背中が階段の下へと消えると、ぎゅっと犬の体を抱きしめてふふ、と笑った。
 眉尻が下がってしまっているのは自覚している。だってしょうがないじゃないか、仕方がない人だ、と思っているのだから。

「……ほらな、何だかんだ言ったって毎年プレゼントくれるじゃん、東横」

 すっかり消えてしまった彼に対して呟いて、ツリーを背にやれやれと肩を竦める。彼は連名だなんて言ったけれど、送られた品を見る限りでは今年も東横個人のものと見て間違いないだろう。東急一同からのだとしたら、恐らくはもっと無難なものを贈ってくるに違いない。百歩譲って連名のものだとしても、この服のセンスは明らかに東横のものだ。

「ったく、素直じゃないなぁ、東横」

 まあ、そこが堪らなく好きなのだけれども。
 元は東横が走っていた横浜駅以西を請け負ってそろそろ六年になるが、東横の態度はその時から変わる事がない。
 職務に関して厳しくて、プライドが人一倍どころでなく高くて、他人を見下してばかりで、すぐ馬鹿にして、すぐ怒って怒鳴ってすぐぶって蹴って、それでも自分には優しい事を、みなとみらいは誰よりも知っている。

「メリークリスマス、東横。クリスマス嫌いにも、いい事あるといーんだけど」
 小さな背がぽつりと零した祈りは、辺りの雑踏へ埋もるように溶けていった。