SS Logs 1

ひるなか、まよなか

 開かれたバルコニーの窓から、春のあたたかな風が吹き込んでくる。
 心地よさそうに目を細めたかと思うと、彼はなにかに気づいた顔をして、不意に立ち上がった。
 棚に置かれた、貰いものの薔薇が風に揺れている。
 花瓶に近づいたかと思うと、彼はなにを思ったのか、その茎をそっと指先でなぞった。
 ひくり、と彼が眉根を寄せてから、ゆっくりと俺の方へ向き直った。
 その指先に、ぷっくりと血の玉が浮いている。削がれそびれた棘が、指先を傷つけたのだろう。
 そんな少ない量では、精々口の中の渇きが癒える程度で、腹は膨れない。分かっているのに、顔がその指へ寄った。
 小さな赤へ、唇を寄せて、吸いつく。
 舌先で舐め取る血は言いようもなく甘く、喉が勝手にこくりと鳴った。

「……ああ」

 吐息混じりの声で彼が俺を呼ぶ。おいで、いい子だ、と背を撫で、服の裾をめくり、素肌に触れる。
 首を反らせば、待っていたように喉仏に歯が立てられる。少しずつ与えられる快楽に目を薄く閉じながら、薄い体に腕を回す。
 近づいた首の付け根に牙をめり込ませると、体に触れていた手が背に回り、痛みを堪えるためだろう、きつく抱きしめられた。
 今日は日曜日で、敬虔な人ならば教会に行っている頃合いなんじゃないだろうか。
 壁一枚隔てた向こうのパリは春を謳歌しているのに、この部屋の中だけ真夜中のようだ。薄明るい部屋の中で探るように求めあいながら、思い出す度にじくじくと血の滲む傷跡に舌を這わせる。

「……ケイ」

 彼の名を呼ぶ。息の上がった声で、彼が相槌を打つ。なんだい、シリル。
 それだけで、よかった。
 吸血鬼に神はいないのだろう。そして、神様の代わりになにかを信じるのならば、目の前の彼しかいないのだ。